Honey Bee * Lemon-お気楽主婦日記-

50代パート主婦の近況報告兼備忘録。すっきりシンプルライフが理想だけど現実は日々ごちゃごちゃしています。

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プロフィール

Author:meiry
2011年に自宅をほぼ全面リフォームし、今もこつこつ家の中を片付け中(難航中)。
趣味はガーデニング、キモノ、PC・スマホ関連、映画、舞台、中華エンタメ、ヴィンテージ雑貨、旅行などなどまだ増えるかも。

2019年4月より夫婦二人の生活になりました。

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介護記録-その後- 施設に入れました

ちょうど一年前くらいから始まった、オットの両親の介護問題。問題になっていたのはそれよりもっと前だったが、介護認定の申請その他について実際に動き出したのが、去年に入った頃からだった。

<義父母の介護について書いた過去記事はこちら>
義父母の要介護認定に向けて
介護記録 5月
介護記録 6月-「介護帰省割引」利用のための申請-
介助方法講習会に参加したらとても有意義だった
介護記録 7月
介護記録 8月
皆さん、良いお年を!!

↑の最後の2017年大晦日のブログに少し書いたけれど、その後、義父母のことは義兄夫婦に託した。
実は義父と義兄は以前あることをきっかけに関係が悪化し、義兄は「両親のことはもう知らん!お前に全部まかせた!」とオットに一方的に言い放ち、いっさい知らぬ存ぜぬだった。義父も財産なんか無いのに「財産は長男にはいっさい譲らない」と次男であるオットに継がせようとしていた。その時点でこの親子(義父と義兄)の決裂は決定的であり、寝耳に水の形で私たち夫婦が高齢の義父母の面倒を見ることになった。

ところが、この親子のその後の行動は全くヒトを馬鹿にしたものであり、私はもちろん実子であるオットも堪忍袋の緒が切れて、すったもんだがあったあげくに義父母の今後についてはそもそもの約束(私が結婚した当初、義父からそのように宣言されていた)どおり義兄にやってもらうことにした。義兄、というより兄嫁がワケのわからん屁理屈をこねて抵抗していたが、義兄が「もう知らん!」と投げ出したように、今度はこちらが「もう関係をいっさ絶つ」と言い渡したのである。オットはそれくらい腹に据えかねることがあり、本気で絶縁してよいとまで覚悟して。

そしてほんとにこちらからはいっさい連絡を絶ったが、もとから頼りにならない義兄夫婦なので一抹の不安はあった。でもお世話になっていたケアマネさんやヘルパーさん、かかりつけのお医者さん達がきっと義兄をサポートしてくださると信じて、私たち夫婦は実家から距離を置くことにしたのである。

そうして数か月が過ぎた先日、義兄から「両親が施設に入所することができた」と報告があった。予約をしていたところとは別の施設だが、二人揃って同時に入所できたそうで、本当によかった。結局、義兄夫婦は今住んでいる家を引き払って義父母と同居、なんてことはしておらず、認知症の義父母があいかわらず二人だけで暮らしていた。しっかりしていたはずの義父もどんどん弱っていっていたので、一刻も早く施設に入れますようにと祈っていた。

今後もまた義兄夫婦がどんな無責任なことを言ってくるかわからないので油断はできないけど、ひとまず義父母が安全な場所にいられることになり、ほっと一安心である。

記事には関係ないけど、春の花々。
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介護記録 8月

まだ8月は終わっていないけど、月の初めに帰省して、いろいろ進展があったので記録。

まずは義父の車の廃車手続きが無事に完了。保険やJAFの解約も全て終わった。義父は出かける用がある時はタクシーを利用するようになったようだ。私たちが帰省する時はレンタカーを着いた日から帰る日まで借りることにした。両親を病院に連れていったり、市役所や銀行に行ったりと車は必要なので。

「かかりつけ医」も遠かったので、近くの老人医療に力を入れている病院に変えることにして、今回、新しい「かかりつけ医」を初めて受診した。そこでは訪問医療もやっているので、次回からは訪問医療に切りかえるようお願いしてきた。そこの院長先生はオットの同級生、訪問医療担当の看護師長さんはオットの幼馴染で、なにかと安心。幼馴染の師長さんは、かつて義母が大腸がんで入院した病院の外科にいた方で、新婚早々付き添いで病院に泊まり込んだ私は師長さん(当時は彼女もウラ若いナース)と面識があった。なんと30年ぶりの再会だった。

その師長さんから「偉いね、嫁のあなたまで帰ってくるなんて。最近は息子は親の面倒を見に帰ってきても、お嫁さんは顔も見せないことの方が多いのよ。」と言われた。またヘルパーさんからも「こうして、度々帰ってきていただいて、本当に助かります。」とも言われた。そうなのか。。。みんな、もっと地元の病院や介護サービスの方たちに任せきりなのかな。

ケアマネさん、ヘルパーさん、訪問看護(病院の訪問医療とはまた別の)の看護師さん、皆さん本当によくして下さる。確かにお任せしていても安心だろうとは思う。だけどやっぱり家族以外の方たちではどうしても踏み込めない部分もあり、身内にしかできない事があると思うのだが。。。


さて、新しい「かかりつけ医」でいろいろな検査を受けた両親。院長先生から「水分、塩分、たんぱく質をもっと摂るように」と言われた。「水分、塩分」はもちろんこの時期、熱中症にならないために。そして「たんぱく質」は筋肉が衰えないために。先生曰く「骨粗しょう症になっただけでは骨は折れないんですよ。筋肉が弱って転ぶから骨折するんです。だからしっかりお肉を食べて筋肉をつけてね。」と。義母が「そうですか。野菜が大事と思ってました。」と答えると、「それは70才まで。70過ぎたら野菜よりも肉中心に食べなさい。」と。

後ろで聞いていた私も「ほー!」と目からうろこ。確かに「お肉好きな人は長生きだよね」というのはこれまでも思ってきたことだけど、それが立証されたような気分。というか、これまでは「野菜も肉も食べなければ」と思っていたけど、高齢になると野菜はむしろ摂りすぎないようにして、とにかく肉を食べろということらしい。(先生は『卵でもいい。一日4個食べなさい。』とも言っていた。)


病院で栄養面での注意を受けたり、その他にもいろいろ不安材料が新たに出てきたこともあり、義父が弱気になり、あれほど以前は拒否していた「施設に入る」ことを検討しだした。となると老人はせっかちで「今から施設を見に行こう」と言い出した。せっかく本人がその気になったので、この機会を逃してはいけないと、義父が前から知っていたらしい、ある介護老人保健施設を訪ねた。話を聞いてみるだけのつもりだったが「予約」を勧められて、義父もその施設が気に入ったらしかったので、とりあえず両親二人分の予約をしてきた。

が、現在満室でいつ空きが出るのかもわからない。両親揃って同時に入所するのもかなり難しい。と難題だらけ。それでも予約しておかないといつまでたっても入れないわけだから、ともかく本人の意思で予約ができたのはよかった。大進歩だ。


というわけで、今回の帰省で状況はかなり前進したはずなんだけど、なんかそんな気が全然しない。
義父はあいかわらず、すぐにヘルパーさんを断ろうとする。ケアマネさんに言われたことはすぐ忘れる(都合の悪いことは特に忘れる気がしないでもない)。そしてとにかく何でもすぐなくなる。通帳、印鑑、保険証、めがね・・・次から次へとなくなる。出かけようとするたびに「アレがない、コレがない」と大捜索。こちらも気をつけているけど、ほんのちょっと目を離したすきに勝手にヘンなところに仕舞ったり置き忘れたり。ほんとに疲れた。施設に入れるのは、いったいいつなのか。それまで大丈夫なのか。

介護記録 7月

7月も比較的落ち着いた1ヶ月で帰省もせず。
訪問ヘルパーと訪問看護をそれぞれ回数を増やしてもらい、そのどちらも来ない日は市役所からの配食サービスをお願いしている。義父はどうしても他人が家に出入りすると気疲れするのか、ケアマネさんに電話して「ヘルパーさんは来てもらわなくていい」と勝手に断ったりしたそうだが、そこはケアマネさんの方が慣れていて、いったん「はい、そうですか」とヘルパーさんの派遣を止めたそう。すると数日後には義父から「やっぱりヘルパーさんに来てもらわないと困る」と連絡があり、それはケアマネさんの想定内だったそうだ。

義父はケアマネさんが家を訪ねてくれた時に配食サービスも断ろうとしたそうだが、義母が「私は食事の支度もしんどくてできなくなってきたのに、(食事は)いったいどうするのか?」と言って、断るのをやめさせたそう。一見、義母の方が認知症が進んでいるように見えるのだが、そういう道理は義母の方がわかっていて、むしろ義父がワカランチンで困る。もっともこのワカランチンは認知症のせいではなく若い頃からそうだったのだが。

一方、義母の方は訪問してくださるヘルパーさんや看護師さんとも仲良くなり、毎日のように人と会うようになったので気持ちにハリが持てて元気になってきたそうだ。それぞれのサービスをすんなり受け入れて、何の問題もなさそう。

そんな報告をケアマネさんから受けて思ったのは、人間は素直に人の言うことを聞いて、現状に不満を持たず、何でもありがたく受け入れることで老後も幸せに暮らせるんじゃないかということ。私の周囲にも義父のように何でもネガティブに考える人とか、いつも不満や愚痴ばかり言ってる人とかいるけど、それじゃ周囲もイヤだし何よりも本人が辛いだろう。
私はもともとのん気な方だけど、これからも義母のようにアッケラカンとして、周りの人と仲良く生きていけるようにしようと思った。ワカランチンよりアッケラカン。

あ、介護記録からはずれてしまった。でもでも老いた人たちを見ていて、考えさせられることは多い。
実は8月に入った今、まさしく帰省中。新たな懸案事項も出てきて、穏やかに過ぎた期間は短かった。だけど私はさっそくアッケラカンです。考えたところで、なるようにしかならないさー。

介助方法講習会に参加したらとても有意義だった

近所のクリニックのリハビリテーション科で、リハビリする人ではなく介助をする人のための「介助教室」(参加費無料)があったので、友達を誘って参加した。友達は同居のお姑さんが高齢のため歩行困難になってきて、外出に付き添うことが多くなったそう。私は今すぐ身内の誰かの介護や動作的な介助をするわけではないのだが、でも限りなく近い将来、その必要が出てくるようにも思うので、知識だけでも仕入れておこうと思って。

「介助が必要な人」が横になった状態から寝返りをうつ、起き上がる、ベッドや床から立ち上がる、車椅子からベッドに移る(その逆)などのいくつかの行動について、それぞれ介護の度合いの軽度から重度までいくつかのパターンを理学療法士の先生がやってみせてくれて、自分でも「介助が必要な人」役の人を相手に実際にやってみる。

当事者が倒れたりしないように安全にというのはもちろん、介助する自分の側も腰を痛めたり無駄に力を入れて疲れたりしないためのコツなどを教えてもらった。練習台になってくれたのが男性だったので、実際に支えようとするとかなり「重い!」というのを体感できてよかった。これは覚悟をきめてやらないと、あっという間に腰をやられるな。そして日常的に家族を介護している方や、介護のお仕事をされている方の大変さも、ほんの少しではあろうけどわかった。

1時間程度の、しかも無料の講習だったので、正直それほど期待はしていなかったけど、思った以上の有意義な内容だった。(私は自分の仕事でも今後、役に立つだろうと思う。) 実際にうまくできるかどうかは別にしても、知っているのと知らないのとでは大違いだとも思う。参加してみてよかった。

介護記録 6月-「介護帰省割引」利用のための申請-

今月は比較的、落ち着いた1カ月で帰省もしなかった。

介護ヘルパー、訪問看護、配食サービスをお願いして、それらが順調に流れ始めた。義両親は始める前は抵抗を示していたけど、今はそれらのサービスを受け入れて、生活の質も改善してきているらしい。特に認知が進んでいる義母は、人が家に訪ねてきてくれることで気持ちにハリが出て、むしろ元気になっているそう。ケアマネさんが時々、様子を見に行って報告してくれる。

車の運転をなかなか諦めなかった義父だったが、免許証と車のキーを隠して物理的に乗れないようにしたので、ようやく車のことは言ってこなくなった。車が無いなら無いで、どうにかなることもわかってきたのかもしれない。あとは車の廃車の手続きだが、これは次回にオットが帰省した際に話を進める予定になっている。ただ、この件については、また義父がひと悶着起こしそうな予感はするので油断はできない。

義両親に要介護認定が降りたことで、私たちも交通機関の「介護帰省割引」というのを使うことができるようになった。各交通機関ごとに申請が必要だそうなので、とりあえず航空会社2社に申請して「介護割引パス」をもらった。しかし、うちは帰省の際に格安航空券を使っているのだけど、通常の運賃の介護割引料金よりも格安航空券の早割の方が安くつく。早割が間に合わないほど急に帰省する事態にならない限り、使う機会はなさそう。帰省先によってはLCCが運航していない地域もあるようなので、そういうところに帰省する方には助かるサービスかもしれない。
(申請には要介護者との家族関係を証明する書類を提出しなければならず、戸籍謄本の写しなどが必要になる。)

このまま何事もなければ、7月も帰省はしなくてすみそう。かかりつけの病院が遠くて毎回介護タクシーを使うとお金もかかるし、万一の時のことを考えて近くの病院に転院した方がいいだろうという話があり、次はその転院先の病院での初受診の時(8月)に、私たち夫婦も付き添いのために帰省するつもりでいる。

介護記録 5月

オットの両親の要介護認定がおりた。それに基づき介護プランを立てることになり、先月に続き今月は2回帰省した。いろいろなことが一度に進行するので、早くも記憶があいまいになりつつある(苦笑) 細かいことは書類が残っているし、記録も残してあるので、ここには簡単に。(最初は丁寧に記していくつもりだったのだけど、やはり限界があるね。プライバシーに関わることでもあるし、不確定なことも多いからまだ書けないこともある。)

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1回目はオットと二人で帰省。ケアマネージャーさんや訪問看護に来てくださる看護師さん、介護ヘルパーさんなどと顔合わせ。それぞれのサービスを提供してくれる事業所がバラバラなので混乱するが、ケアマネさんが見事にまとめて着々と話を進めてくれる。ケアプランについて詳細を詰めて、諸々サービスの開始日が決定した。
両親の診察のため病院へも行った。
いろいろな人が家に出入りするようになるので、溜まっていたゴミを片づけたり、掃除をしたりした。認知症の人にとって家の中が急激に変わるのはよくないので、ほどほどにしておいたけど。古くなった台所用具やタオルなどもなるべく今までと似たものを買ってきて交換した。
ゴミは回収日が決まっていて私たちが滞在している間には出せなかったが、自治体指定のゴミ袋に仕分けしておいた。(ゴミ出しのルールが異様に細かくて、お年寄りには難しいだろうと思ったよ。たとえ認知症ではなくても。)

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2回目は私ひとりで帰省。今回はゴミの日に合わせて。
しかし私の重要ミッションはゴミ出しではなくて、義父にこれ以上車の運転をさせないために、車のキーを預かる(もしくはこっそり隠す)こと。

短い滞在時間を狙って、「お嫁さんがいる間に」と次々と人がやってくる。この日から開始したヘルパーさんもやってくる。あたしゃまるで聖徳太子かっていうくらいに、同時に何人もの人と応対して、契約書にサインしたり、説明を聞いたり、ヘルパーさんに家の中を案内したり、両親の寝具の洗い替えを出したり・・・。福祉用具レンタル品の手すりを玄関に設置してもらったり。その間にスキをみつけて車のキーをエプロンのポケットに突っ込んで「キー、ゲット!ミッション成功!」。

翌日は朝から家とゴミステーションを何往復もしてゴミを出す。ゴミステーションが近いところにあってよかった。その後、また病院に行ったり(初めて介護タクシーなるものを利用した)、銀行へ介護サービスの利用料支払いのための口座引落依頼書を出しに行ったり。この日はヘルパーさんが来ないので、両親の夕食を用意したり。
これらは義父が自分でできないこともないのだけど、任せていて忘れたり間違えたりしてはいけないので全部、私がやった。

とりあえず用事は全部済んで帰り支度もできて、あとはゆっくり義母とおしゃべりでもしようかと座ったところで、義父が「車のキーがない」と言い出した。前回の帰省時に義父には「もう車の運転はやめること」、「車は廃車にすること」を話して一度は納得したかに見えたのだけど、本人がそれを覆し(それも一度ならず二度、三度)、いっこうに車の運転をやめないので、「キーを隠す」という強硬手段に出た次第。

認知症の診断がおりた際に医者からも車の運転は止められたのだが、本人は認めようとしない。
バスもほとんど走っていない田舎なので、買い物ひとつにも車がないと行けないような場所。不便な生活になるどころか、食材の調達にも苦労することになるが、そのためにヘルパーさんに来てもらったり、配食サービスを申し込んだりした。免許返納の手続きや廃車の手配も進めたいけど本人の同意が得られないので、物理的に車を動かせないようキーを隠した。免許証が有効だろうと無効だろうと、目の前に車があれば乗ってしまうというケースも多いらしく、「キーを隠せ」と複数の人からアドバイスされたので。

そんなわけで、ここで車のキーを義父に渡してしまうことは断じてできない。私は最大最重要のミッションを遂行するため、「カギは?」と言う義父を煙に巻いて実家を飛び出し、そのまま帰ってきた。

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と極力、簡単に書いてもこれだけの量だが、実際はこの何倍にも及ぶストーリーが背景にある。正直、こんな単純な話ではないのです。そして車の件はいまだ解決せず、東京に帰ってからも毎日毎日、義父との攻防(オットが電話で)が続いている。折しも昨日の日経新聞夕刊には「運転卒業 どう後押し」という記事があり、高齢の親に運転をやめてもらうための子の苦労が綴られていた。きっとこの件で困っている人は多いのだと思う。

車の件にしろ他の介護サービスにしろ、なかなか順調にはいかない。義父がもっと素直に人の言うことを聞いてくれたら、これほどまでの苦労、心労はないのだろうに。。。義父には『老いては子に従え』という言葉を100万回言いたい

ミッション成功のごほうび
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義父母の要介護認定に向けて

パソコンの話だったり、着物の話だったりと迷走する当ブログだが(それは今に始まったことではないけどね)、自分の覚書として書いているので、それも当然ではある。というわけで、今度は親の介護の問題についても書いておく。

オットの両親がかなり高齢になり、夫婦二人での生活が覚束なくなりつつあるということで、「どうにかしよう」と動きだした。もともとはオットの兄弟が面倒を見ることになっていたのだが事情によりそれができなくなり、ウチがどうにかしなくてはいけなくなったのが、ほんの1年ほど前からの話。オットも私も何の覚悟も心の準備もなかった。そんな状況からの話です。

面倒な話は省略するとして(いきなり省略?笑)、先日大きな進展があったので、そこから書く。
義母は数年前から、義父もここ最近、認知症の症状が出ているので、「もの忘れ外来」で診察を受けることに。「大きな進展」というのは、この「両親が病院に行って診察を受けた」ということ。ここまでこぎつけるのに、いろいろあったわけですよ。でもそこは省略。

身内が認知症になるということを、今も恥ずかしく思う人もいるのだろうか?あんまり言いたくない話なのかな?でも私は仕事柄、多くのお年寄りと接するし、その中には認知症の人も多くて、人間が老いていく中で認知障害がおこるのは自然なことと考えている。なので、ここにも書いていく。ただ認知症にもいろいろな種類があり、症状も様々なので、あくまでも私の義父母のこととして書いていく。専門家ではないので、正確ではない内容もあるかと思うがご容赦ください。

で、「もの忘れ外来」(病院では別の名前がついた診療科だった)に行きました。オットと私も帰省して病院に付き添った。
一人ずつ検査を受けて、二人とも認知症が確定。でも程度の差があるし、ぼやける部分、まだはっきりしている部分がそれぞれ違う。この「得意分野の違い」により、夫婦が互いに補いあって、なんとか二人の生活が成り立っているのだろうと、診察した医師は言われていた。

病院には地域包括センターの方も付き添ってくれて、診断を受けたあとすぐにオットと今後の流れについて話し合った。要介護認定の申請をすること、ケアマネージャーの人選をすることを、地域包括センターの方にお願いし、その結果が出るまでしばし待つことになった。最終的な目標は二人に適切な施設に入ってもらうことだけど、施設もそうそうすぐには入れないだろうから、それまでどんな介護サービスを利用することができるのか、ケアマネさんと一緒に考えて実行していくことになるのだと思う。

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実家があるのは、某地方のド田舎で、東京から気軽に行ったり来たりできる距離ではない。でもオットも私も、急な話ではあったけど覚悟を決めている。特に私。今までオットに任せっきりだったけど、事態が動きだしたので、いよいよ自分の出番だと思っている。今回、久しぶりに実家に行き義父母と数日過ごしたが、二人ともとっても可愛くボケていた。仕事で接するお年寄りの中には対応に苦労する人も正直、いる。でもそんな人に比べれば、二人とも人間が丸くなってむしろ昔より親しみやすくなった。ただ本当の現実を私がまだ知らないだけかもしれないが。。。

実家の近くの桜
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実家の周囲は空き地が増えていた
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かつて田んぼだったところも、農作業をする人がいなくなり草ぼうぼう
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空き地に放置された椅子が朽ちていく
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はた目にはのどかで自然豊かだけれど、住むには「いいところだ」とは決して言えない不便な土地。私たちには私たちの暮らしがある。申し訳ないけど、ここには帰れない。



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